クリスマスに私が本当に欲しいものとは…

私の心の声にあなたが耳を傾けてくれることです!       
エリヤハウスでは、心のことに関して、神の法則を教えています。私が42年間教え、ミニストリーをする中で学んだことは、私たちの人生で満たされなかった必要とそこからくる痛みが、心を頑なにし、閉じさせてしまうということです。
 でもここで学んだ重要なことは、傷つけられるかもしれないが、心を開いておくか、閉じてしまうかは、私たちの選択にかかっているということです。

 もしかしたら、私たちは大きなトラウマを抱えて、心が砕けてその破片は何百万ものバラバラのピースになっているかもしれません。それでも、良い知らせ、グッドニュイースは、クリスマスの季節に訪れる希望−イエス様は私達の傷ついた心をいやすために来て下さったのですから、私たちは心を開いて本当に自分にどうしても必要なものを主が供給してくださるのを受け取ることができるということです。

 私の場合、愛され、尊重されるという本当の必要が、満たされなかったために反対にそのことが私に人生の恥となりました。その恥の気持ちは、必要を持っている人は弱く最低な存在だとう偽りと同意することで増々恥の思いを強くしました。内なるいやしを体験していけばいくほど、いっそう私たちは誰でも皆同じように、愛され、励まされ、支えられ、また自分の話しに耳を傾けてもらうことが必要なのだということを理解しました。そして、私が安全だと感じた人:私の夫、親しい友人、家族、エリヤハウスのスタッフなどに私の必要を満たしてくれるように頼むことができるようになっていきました。彼らが私の求めにどのように答えてくれたか、それは私にとって驚きでした。ほとんどの人が何とか私の心の必要に答えようとしてくれたこと、また本当に私が必要なものは何かを発見する手伝いをしてくれました。

 本当の真実は、神は良いお方だということ、そして神は私達の心の必要を満たしたいと願っておられるということです。神は、私たちのバラバラになった心の破片を集めて元の形にーあなたを完全に健全に戻したいと願っておられます。エリヤハウスのミニストリーは、あなたがその過程(プロセス)を歩む手伝いをするためにあります。
私達が、どのようにしてあなたを助けることができるか、どうぞ知らせてください。
私達は、喜んで、あなたの心の声に耳を傾け、聞きたいと願っています。

 私達の皆様への願いと祈りは、このクリスマスの季節にあなたの天の父なる神がどんなに素晴らしい方であるか、驚きと発見がありますように。父なる神は、あなたの髪の毛の数さえもご存じであなたが今いるその所であなたに出会いたいと願っておられます。父なる神があなたの周りにあなたの心の声に耳を傾けてくれる人々を送って下さる時に、あなたがそのことに気がつきますように、また傷つくことも覚悟で勇気を出して必要に向き合えますようにと私達は祈っています。

キャシー・オルソン著(エリヤハウスUSA講師・スタッフ)

Heavenly Intercession 御国のとりなし パート1 

 私たちの父なる神は、マスター戦略家です。アダムが創造される前から、神は計画を持っておられます。その計画は、遅れることも、ダメになることも、脇道にそれることも決してありません。しかし、私たちは決してそのことを知りません。ところで、多くのクリスチャンが自分の友人、家族、地域、また国々のためという形で、執成しの祈りをします。私たちのとりなしの祈りは、神がどのようなお方であるか、またどのように人間に関わっておられるかを反映したものでなければなりません。

 一歩下がって、私たちとは、全く異なる考えを持っておられる 愛なる父の目を通して、この世界を見るならば、とりなしの祈りがどのようなものか、例をあげてお話しします。まず、最初に、私たちは、自分の祈りの影響がどのくらいおよぶことを望んでいるのかを知らなければなりません。このことを知ることによって、神の臨在に入っていく時、祈りの課題についてもっとよく理解することができるようになります。*次の記事パート2に続く

リック・コーネリア、エリヤハウスUSAとりなし手のリーダ―
by Rick Cornellier, Lead EH Intercessor
Our heavenly Father is a master strategist. He had a plan before Adam was ever created. It has never been derailed, thwarted, or sidetracked. But you would never know that by the way many Christians approach intercession for their friends, families, communities, and nations. Our intercession should reflect who He is and how He approaches mankind.

Let me provide an example of what intercession looks like when we step back and see the world through the eyes of a loving Father who thinks very differently from how we do. We must first know how far we want the impact of our prayers to reach. Knowing this provides a better understanding of our assignment to pray as we enter into His presence. Continue to part2

Heavenly Intercession 御国のとりなし パート2

とりなしの祈りは、3つの異なるレベルに分けられます。:地元、地域、世界的。地元のための祈りには、家族、友人、地元教会、その地区などが含まれます。地域のための祈りは、先ほどよりももっと広い区域、地理的に広い地域やそこに住む人々、その国の問題なども含まれます。世界的なとりなしの祈りは、他の国々、世界的な規模のミニストリー、また世界に影響を及ぼす問題などが含まれます。

 エリヤハウスのとりなしの祈り手として、地元のエリヤハウスの行事、例えば祈りのミニストリースクールのために、私たちは全体のミニストリーのために祈る時とは違う祈り方をします。個々の行事は私たちの地元で起っていることであり、ミニストリー全体は、アメリカ中でまた世界各国にも及んでいることだからです。私たちは、それぞれのレベルで、違った障害物に出会いますが、私たちの姿勢はいつも同じです、アイデンティテーと安息ということです。私たちの経験から、その姿勢と立ち位置なしに祈るならば、実を結ばず、効果もないということです。

 エペソ2:6では、私たちはキリスト・イエスにおいて、ともに天の所にすわらせてくださったと言っています。そのことをとりなしの祈りにおいても理解しなければなりません。それは、私たちが祈る時、私たちはまさに天の王座に座っているということなのです!そこに座っているときは、私たちは安息に入り休んでいます。ピリピ4:6では、何も思い煩わないで、私たちは感謝をもって祈るべきだと言っています。「思い煩う、心配する」ことは、「どうしようかと心騒がせる」または「自分の関心事を優先している」という意味でもあります。安息に入り休んでいる時は、心配はありません。私たちの霊は、静まり聖霊の導きに敏感になっています。私たちの意識は、父なる神に向っていて、祈っている問題や出来事の方に向いていないので、はっきりと聖霊の声を聞くことができます。父なる神の安息に入っているのです。(へブル4章)

 とりなしの祈りという言葉を発するまえに、私たちのアイデンティテーが何かを理解しなければなりません。私たちは座しているだけでなく、「キリストにおいて天の王座」に父なる神と共に座っているのです。私たちは、父なる神とキリストにとても近接しているのです。そこには、距離も分離もありません。聞いてもらうために頑張って、大きな叫び声をあげる必要もありません。「とりなし」の定義は、1テモテ2:1にあります。その意味は、妻から学んだのですが、「会話する、会議する、または一緒に集まる」ということです。私たちは、神の息子、娘であり、とりなす時は、聖霊をとおして私たちの父と救い主と共にいるということです。その権利を勝ち取らなければならないとか「このように…」と決められとおり祈ることによって、聞いてもらえると証明する必要もありません。私たちの立場は、贈り物であり、イエス様によって代価が支払われているのです。イエス様が、よみがえって最初に語られた言葉は、「わたしにすがりついていてはいけません。わたしはまだ父のもとに上っていないからです。わたしの兄弟たちのところに行って、彼らに『わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神のもとに上る。』と告げなさい。」ヨハネ20:17

 このみ言葉を瞑想してみてください、その中には驚くほどの深い意味が含まれています。私たちは家族の一員として加えられました。私たちの父は、その臨在の中に私たちを娘、息子として歓迎してくださっています。この立場や見方からどのように祈るのかを学ぶには、しばらく時間がかかります、それは私が自分自身についてどのように考えているか、大きな調整をしなければならないからです。私たちは、家族に属する子どもとして座って、聞くということを学ばなければなりません。息子、娘としてお父さんの横に座り、休み、何であれ父が導く通りに祈るのです。*パート3に続く

Intercessory prayer can be divided into three different levels: local, regional, and global. Local prayer encompasses family, friends, the local church, the community we live in, and the issues affecting those arenas. Regional prayer is a larger purview which includes a larger geographic or community focus, including national issues. Global intercession encompasses other nations, ministries having global influence, and other issues of worldwide impact.

As intercessors for Elijah House, we pray differently for local events—such as a Basic 201 school—than we do for the overall ministry. One is happening in our own backyard, the other reaches across the United States and around the world. We encounter different obstacles at each of those levels, but our posture always remains constant; that of identity and rest. It has been our experience that not praying from that place is fruitless and ineffective.
Eph. 2:6 says that we are seated in heavenly places in Christ Jesus. We must understand that in relation to our intercession. It literally means that when we pray, we are seated in heavenly places! We are at rest when we are seated. Phil. 4:6 says we are to pray with thanksgiving, being anxious for nothing. “Anxious” can mean to be “troubled with cares” or “to promote one’s own interests.” There is no anxiousness in us when we are at rest. Our spirit is quiet and sensitive to the leading of the Holy Spirit. We can hear clearly as all of our senses are directed toward our Father and not at any problem or issue we may be praying about. We enter into our Father’s rest (Heb. 4).

We must understand what our identity is before one word of intercession proceeds from our lips. We are not only seated, but we are seated “in heavenly places in Christ,” and with our Father. We are in close proximity to them. There is no separation or distance. We don't have to get worked up or clamor to be heard. The definition of “intercession” from 1 Tim. 2:1 that I learned from my wife Michelle and provide for you here means to “have a conversation, a conference, or to come together.” We are sons and daughters and we come together with our Father and our Savior through the Holy Spirit when we intercede. We don’t have to earn that right or prove we must be heard by praying “just so.” Our position is a gift bought and paid for by Jesus. The first words Jesus said after He was raised from the dead were these: “Do not cling to Me, for I have not yet ascended to My Father; but go to My brethren and say to them, ‘I am ascending to My Father and your Father, and to My God and your God’" (Jn. 20:17, NKJV).
Meditate on those words, for they are staggering in their implications.
We have been brought into a family. Our Father has welcomed us into His presence as sons and daughters. It takes some time to learn how to pray from this position or perspective because most of us have to make some major adjustments to what we think about ourselves. We must learn to sit and to listen as kids who belong to the family. So, as sons and daughters seated and at rest next to our Dad, we pray whatever He leads us to pray.
Continue to part3

Heavenly Intercession 御国のとりなし パート3

さて、戦略についてです。イエス様は言われました、祈る時「天でなされるようにこの地でもなされますように」と祈りなさいと。もし天でなされることがどのようなことなのか、どんな感じなのか、どのような味なのかを私たちが知らなければ、そのように祈ることはできません。あるいは、父なる神さまが天で何をしておられるのかについて無知であるなら、天の御国と繋がることはできません。

天の御国では物事はどのように運営されているのでしょうか?平安、喜び、力と勇気が満ち溢れている天の御国がこの地にもたらされなければなりません。私たちは天の御国を私の家族に、仕事場に、そして私の近隣にもたらすために召されています。私たちは、この地では寄留者ですが、天の御国では市民です。エペソ3:10には、教会によって神の多種多様な知恵が天上における「権威」や「権力」達に示されると宣言されています。私たちは、戦い、争いの上に座っているのです、自分がまだその中を歩いていることに気がついているけれども。私たちは、私たちの周りの世界を動かし、影響を与える許可と権威を神から頂いているのです。世界的なテロ、貧困、経済の不安定、社会的な不和が世界中にはびこっていますが、私たちの父なる神は、怠けているのではありません。神は、教会に4つの主要な領域においてその中で生きて動かしなさいと教えられました。

1、身体的いやしは、教会が病気のいやしのために祈ることを学ぶならば、全宇宙にも影響を及ぼします。
2、とりなしの祈りについての知恵と理解が世界中で広がり、とりなし手の数も増えています。
3、教会は、夢や幻が天国の言語として大切な役割を果たすことを理解し、学んできています。
4、教会が預言について、聖化について、また変革について(感謝なことにエリヤハウスミニストリーは、それらの先駆者である)理解が増してきている。

 素晴らしいニュースは、私たちの父なる神は、人類の窮地、苦境にたいして、無関心であったり、関わりを避けているのではないということです。神は、このような時のために必要な道具を教会の中で磨いておられたのです、何十年も前から。私たちはこのような時のために生まれたクリスチャンです。多くの証し人の群れが道を備えるために私たちの前を歩んでくれました、ですから私たちはすべての戦略をもった父なる神によって、神が特別に準備した事を成すために整えられているのです!

Now to strategy. Jesus said that when we pray, to pray “on earth as it is in heaven.” We cannot pray that way if we don't know what heaven looks, feels, or tastes like. Nor can we connect with heaven if we are ignorant of what our Father has been doing there. How are things conducted in heaven? The peace, the joy, the strength, and the courage that saturate heaven needs to be brought to earth. We are called to bring heaven to our families, the workplace, and our communities. We are sojourners here, but we are citizens of Heaven. Eph. 3:10 says the church is to declare the manifold wisdom of God to principalities and powers in heavenly places. We are seated above the fray, though we find ourselves walking in it. We have His permission and His authority to move and impact the world around us.
Globally terrorism, poverty, economic uncertainty, and social discord are rampant around the world, but our heavenly Father has not been idle.

He has taught His church to live and move in four major areas:
1) Physical healing has impacted the entire planet as the church has been learning to pray for the sick;
2) Intercessors have grown in numbers, wisdom, and understanding around the globe;
3) The church has learned the importance of understanding dreams and visions as a significant part of the language of heaven;
4) The church has grown in its understanding of prophecy, sanctification, and transformation, which Elijah House has been the forerunner in.

The great news is that our Father has not been disengaged nor disinterested in the plight of mankind. He has been kneading the tools required for such a time as this into the church for decades now. We are the believers who were born for this time. A great cloud of witnesses has gone before to prepare the way for us, and we have been prepared by the Father of all strategies to do the job He has uniquely prepared us to do!
by Rick Cornellier, Lead EH Intercessor

お父さんたちへの手紙   モーリン・サンフォード


「そのとき、弟子たちがイエスのところに来て言った。「それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真中に立たせて、言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。また、だれでも、このような子どものひとりを、わたしの名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。」マタイ18:1−5

数週間前に「次世代を追い求める」というカンファレンスがあり、それ以来私の内ではっきりとしたことは、今父親たちが自分の子供たちと向き合い、心を向ける時であるということです。

父親である皆さんに、神は今何かを語っておられます。私は妻として母としてこの手紙を書いています。あなたは、父としての配慮、声、神が与えられた権威を失ってしまいました。父なる神は、あなたがもう一度その権威を奮い立たせ、用いることができるようにと「願っておられます。イエス様は、「子供のようになりなさい」と言われています。

小さな子供は、シンプルなことにも一生懸命です。子供たちは神を見ており、神を信頼し、神の声を聞いています。自分が小さかった時のことを思い出してみてください。人生がどんなにシンプルであったかを思い出してください。父なる神は、ご自身のもとに帰ってくるように私たちを呼んでおられます。父の心は私たちに向いています。父なる神は、私たちをいやしたい、父の腕の中で休んでほしいと願っておられます。そして、父なる神は、あなたにもあなたの子供たちに同じことをして欲しいと願っておられます。

「見よ。わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」マラキ4:5−6
このみ言葉のなかで、まず父が最初にその心をその子に向けなければならないと書かれています。それから、子が父に心を向けることができると。これは、父であるあなたが、まず最初の一歩を踏み出さなければならないということです。お父さんたち、扉はあなたのために開かれています。これは今集中的に起こっていることです。父なる神は、情熱をもってすべての幼い子供、また大人になった子供たちをも追い求めています。どんな年齢であれすべての子供は、父の腕に抱きしめられ、自分を励ます父の声を聞く必要があります。神は、世代と世代を繋げて一つにしたいと願っておられます。その扉、あなたの子供たちの心をあなたに向けるための機会は、今開かれているのです。

私は、心からあなたにお願いします。あなたの子供を見つけだし、あなたの力強い、安全な腕に取り戻してください。あなたは、彼らの声を聞こえていますか?子供たちは、叫んでいます、「お父さん、私は道を見失って、傷ついています。私の声が聞こえますか?私を見つけ出してください。私はお父さんが必要です。」と。

今が、その時です。
彼らを探し求めてください、あなたがしていることをやめて、彼らに全力で集中してください。電話をかけたり、メールを送ったり、スカイプしたり、抱きしめたり、膝の上に座らせてあげて、どんなにハンサムで、きれいで、よくできて賢いと言ってあげてください。あなたが、彼らをどんなに誇りに思っているか。あなたのお父さんでいられてどんなに嬉しいか、そして、子どもたちの心の内にあることを聞いてあげてください。

子供がどんな年齢であれ、お父さんである、あなたがそこにいて導き、力を与え、子どもたちの人生に命を吹き込み、神が召されたその召しを歩む人となるように一生涯子供を導くべきです。あなたは、子どもたちが神から与えられたアイデンティティを見つけそのように生きるように育てていくのです。彼らは、アドバイスや批判を求めてはいません。あなたの子供たちにとって、何が良いことで、何が彼らを尊ぶことになるか、時間をとって考えてみてください。次のようなことを努めてすることよって、彼らがあなたのところにくるようにしてください。
忍耐、我慢強く待ってあげること、そしてただ愛すること、子どもたちは少しずつ心をあなたに向けて帰ってくるでしょう。私は必ずそうなると知っています、聖書がそう言っているので。また、私の夫のマークがそうするのを見たので。彼は子供たちを愛して、子どもたち一人一人がどういう人であるかを見いだし、彼らの心にそのことを何度も何度も語っていたました、できる限り必要があるときはいつでも、また必要になるだろう時に備えてできるだけ、ですから子どもたちはお父さんに対して、心をとても開いていました。
お父さん、あなた自身があなたの子供たちを自分のところにもどってくるようにすることができる力を握っているのです。

ですから、立ち上がってください、あなたの心をイエス様に向けて、どうしたらよいのか主に尋ねてください。もし、自分の子供がどういう人であるか、わからないなら主に聞いて、あなたに見せてくださるように求めてください(マタイ7:7−12)
エス様は、父の子どもたちを祝福するために来てくださいました。あなたを祝福するために来てくださいました。あなたの子供たちがあなたのところに戻るように、これは神があなたに与えた務めです。あなたの家族の手をとり、彼らを主のもとへ導くこと、それがあなたに与えられた責任です。

あなたは、それができるのです。You can do it!



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サンフォード夫妻よりクリスマスレター

マーティと私は、今年みなさんがして下さったことすべてに感謝と驚きで溢れています。たくさんの犠牲を払ったことも多かったでしょう。多くのスクールが開催され、油注がれ、祝福されました。
変革の真理にあふれた教えが、なされ拡がりました。世界中の多くの国で祈りのミニストリーが行われ、証しの手紙が私の家にも事務所にもたくさん届きました。

神の油注ぎと祝福は、増し加わっていますーエリヤハウスのミニストリーも含めて、すべての主のミニストリーの上に。次の新しい年のために与えられたみ言葉は、ヨハネ14:12「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。」

あなたは、このことを見ていますか?「さらに大きなわざ!」冒険に出る時です、船からでて、危険を冒してでも。私たちはすばらしい奇跡をこの新しい年に見ることでしょう。豊かな実を。

しかし、この年の最も大きな報酬は、必ずしも目を引くような奇跡ではないかもしれません。それは、私たちの主ご自身が御そば近くに引き寄せてくださることによって、主の暖かさと愛の中にあります。

2016年が終わりに近づいた今、私の皆さんへの祈りは、次の2017年あなたが仕える時が楽しく、爽快でありますように。神は、この年を救いの喜びで満たしたいと願っておられます。皆さんの中には、今年の過ぎ去った年の多くの時間を、戦いや悲しみにあまりにも多く費やした方もあるかもしれません。ミニストリーがほんとに重労働であったかもしれません。しかし、そのような時は終わります。私たちの主ご自身は、この世界が増々悪化する状況にも関わらず、増々喜びにあふれておられます。主は、試練の時を通して、神の国の祝福を運んでくること、一瞬だけではなく、神の喜びは、私たちの生活に浸透し満たすことを知っておられます。

ですから、今年のメリー・クリスマスの意味は、いつもの季節のあいさつ以上のものです。今年のメリー・クリスマスは、新しい年に向っての喜びと期待の時です。
良いクリスマスと新しい年を。皆さんお一人お一人に心からの感謝をこめて
                 愛、ジョン&マーティー・サンドフォード

夫婦関係の回復ー内なる人の変革

 エリヤハウスの基礎講座を受講する前から、私は夫との関係に悩んでいました。普段、他の人にはめったにいらいらしたり怒ったりはしないのですが、夫に対しては、些細なことでいらいらしたり、怒りをぶつけてしまうのです。

 夫は温厚な性格なので、喧嘩にはならないのですが、私は自分でも抑えきれない怒りの感情をどうしたらいいのかわからずにいました。受講中、この怒りは悪い実であることがわかりました。

 グループでの祈り時に、祈り手の方が色々な質問をして導いてくれました。幼いころから喧嘩が絶えなかった両親の事、お酒を飲んで母に暴力をふるう父の事、精神的に不安定で入退院を繰り返していた母の事、夫婦喧嘩で、家の中の色々な者が割れたり壊れたりしてとても怖かったこと。また、家の手伝いをしていて失敗するとすごく怒られて悲しかった事。私は、母のようにはならない、父のような人とは結婚しないと思ったことなどを話しました。

 祈り手の方が祈ってくださり、子供の私が悲しみと恐れと怒りでどうしようもなかった気持ちを、大人になった今、優しい夫にぶつけていたことが分かりました。大人になった今となっては、当時の両親の事情を理解していたつもりでしたが、やはり赦せないたくさんの苦々しい思いがあったようです。

 そこで悔い改めの祈り、苦い根を十字架に付ける祈りをしました。そして、悲しみや恐れ、怒りで心を閉ざしてしまった幼い私の所に、イエス様に来ていただく祈りをグループの皆さんと一緒に祈っていただきました。祈り終わると同時に、とても気持ちが軽くなりました。幼い時のたくさんのつらい悲しい出来事の時々に、イエス様が一緒にいてくれた事が分かりました。そして今も、いつもとなりにいてくださる事を感じ、喜びで満たされています。

 それからは夫といても、今までのような怒りの感情が湧かず、自分でも戸惑うほどです。ミニストリーから帰ったその日も、脱ぎっぱなしの靴下や服を見て、いつものように怒ろうとしても、また、寝ている夫に「いびきがうるさい!」と怒鳴ろうとしても、怒りの感情が湧かいないどころか、寝顔を見ていると「私たちの天のお父さんが造ってくれた最高傑作だー」と嬉しさと愛おしさいっぱいになりました。主の良くしてくださった事を忘れずに感謝してこれからも歩んで行きます。
                      室蘭基礎講座 I姉